zarubaku official blog 湘南藤沢駅、南口にある蕎麦ダイニング zarubaku のオフィシャルブログです。

本日の「書いてるうちにボツにしようか悩む」シリーズ1

主婦の家庭料理を食べて、ふと、すんごい複雑で意味わからん味だなと思う時がある。

もしくは塩分の濃い、薄いで損してるな〜とか。

完成図がわかっていないからレシピ本の通り、妄信的に砂糖を大匙1杯入れてるのだと思う。

 

何のために料理をしているのか?

栄養を摂取して、生きるために調理をしているならその行為自体が「目的」である。

子供に添加物まみれの既製品を食べさせたく無いとか、食育のため、また、料理が楽しくて毎日色々なものが作りたい!私の作ったものを沢山食べてもらいたい!なら、それも「目的」

これらの理由ならば日々「目的」を達成しているので良いのだと思う。

しかし、美味しいものが食べたい、食べさせたい、褒められたいのならば、その調理はあくまで喜びを得るための「手段」のはずだし、将来、料理でお金を稼ぎたいのならば、その調理自体もお金を得るための「手段」である。

そして、レシピ本を見て一生懸命忠実に料理を作ることが「目的」になっているのでは永遠に美味しいものは作れないのではないかと思うのであります。

 

・和食を食べたことのない、料理が得意なアフリカの主婦がレシピを見て筑前煮を作れますか?たぶん似たような物は作れます。

(レシピを見て作ることが「目的」だから)

・しかし、和食を食べたことのないアフリカの人はこの筑前煮を美味しいとは感じないはずです。

(美味しいという「目的」を達成するために調理していないから)

・そして旦那さんに「なに?この芋とかニンジンが入ってる黒っぽくて魚の匂いのする煮物は」と言われるのです。

(旦那さんに喜んでもらえる「手段」としてのCHIKUZEN-NIを作ろう!)

・そして主婦は考えるでしょう。もう少し砂糖を多めに入れて、スパイスを効かしてみよう。トマトも入れてみようか、と。

(もはや筑前煮ではないかもしれないけれどレシピを「手段」として「目的」を達成する努力をする)

 

ゴールを想像してください。味見をしよう、そしてゴールに少しでも近づける努力をしよう。

なぜ「美味くも不味くもない」ものを作るのか。それは自分なりのゴールがわかっていないからだと思う。

まず第一歩は自分で食べ慣れたものを上手く作ること。もしくはどこかで美味しいと感じた料理を目標にするべきだと思う。

「目的」は美味しいものを作ることなのだから、レシピを見たり、想像したり、経験を重ねることは「手段」だ。

あなたが美味しいと思うものを作るのがゴールだ。旦那のために作っているならば、旦那の味覚に合わせるのがゴールだ。

「目的」と「手段」を間違ってはいけない。

そして調理行為が目的では無い以上、複雑に手間をかければ良いというものでもない。

 

僕たちは調味料を食べたいわけではない。

よりシンプルに。自分でゴールが想像できないものは作らない。

それが美味しいものを作る近道だと思う。

その積み重ねでどんどんレパートリーは増えていくのだ、と。

ふと思ったので書いてみました、ちゃんちゃん。

 


スポンサーサイト

  • 2019.01.29 Tuesday
  • -
  • 11:35
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

公式HP zarubaku.com

logo200


calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
2425262728  
<< February 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

sponsored links

recommend

recommend

recommend

recommend

zarubaku official blog mobile

qrcode
zarubaku_genkan

others

Powered by